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●2008年10月18日(土)
ずいぶん前のことだ。 電車に乗っていた。僕が乗った次の駅から視覚障害の女の子が乗ってきた。杖をつき、席を探していたので僕は席を立ち、「ここへどうぞ。」と勧めた。彼女は礼を言って座った。 僕は向かいの席が空いていたので、そこに座った。しばらくするとその女の子はおもむろにノートの切れ端のような紙を取り出した。手紙のようである。 しかし、その手紙には向かいの席の僕でも見えるような大きな字で、「こいつは目が見えないバカです。かかわりになると損をします。友達もいません。」と書かれていた。本当はもっとひどいことも書いていたが、あえてここでは書かないことにする。 その女の子は、隣に座っていた20代半ばの女性に「すみません。この手紙を読んでもらえますか?」と手紙を渡した。 見ず知らずの女性は手紙を受け取り、一息ついて小さな声で、 「いつも有難う。友達でいましょうね。」と書いていない内容を女の子に聞かせた。 女の子は、「本当にそう書いてありますか?」と女性に尋ねる。 女性は「本当ですよ。」と答える。もう一度、「本当ですか?」と聞く女の子、「本当ですよ。」と優しく答えるが、少し罪の意識を感じているような女性。 「そうですか・・・」と女の子は女性の方に手を出し、手紙を受け取って、ポケットに直した。 僕はその女の子の仕草を見て直感した。この女の子は書かれている内容を知っている。 じゃあ、どうしてわざわざ電車の中で、知らない人に手紙を読ませた?手紙を渡されて読んだ人に、自分の悪口を書いている文章を読ませてどうするつもりだったのか? 読んだ女性は、優しさから違う内容に文を変更した。もし、ちゃんと読んでいたらどうだったのか? 女性の取った行動は間違いではないと思う。本当に優しい女性だったのだと思う。だから、女の子が、がっかりした表情をしたことに僕は少し嫌悪感を憶えた。彼女は書かれた悪口を読ませて、どうしようとしたのだろう。 このような文を書いていると障害を持った方々のことがわかっていない不届き者と非難されるかもしれない。 でも、僕は本当に分からないで、いいかげんに書いているのではない。 僕の叔母は重度の身体障害を持っていたし、その叔母と結婚した義理の叔父は、叔母よりもひどい障害を持っていた。でも、僕は小さい頃から叔母を障害でバカにしたことはないし、我がままな叔母を、支えている叔父を尊敬している。僕は子供のころから叔母がひどくバカにされたり、差別を受けているの見てきている。だから、決して思いつきで書いたのではないことはわかってほしい。 そこで、差別されることがない人間が書くなと非難を受けるかもしれないが、あえて書く。差別されることに憤り、怒る気持ちはわかる。だが、それを同情に変えようとする発言、行動は自分で自分を差別していることにならないだろうか。 一度、ブロマイドを買うのに何度も電話をかけてきたお客様がいた。それは1週間以上にわたり、ひどい時は1日に5回以上かかってくる。「買います。」「やっぱりやめます。」を繰り替えすのに、少し疲れた僕は、「申し訳ありませんが、時間をおいて良くお考えになられてから、正式なご注文をお願い致します。」と出来る限りやさしく言った。 するとそのお客様は「私は障害者で、どこどこのお店に電話したら断られ、差別された・・・・」でと沢山喋り始めた。僕は「申し訳ございません。当店はお客様を差別したことはございません。その代わり区別したこともございません。どのお客様にも出来る限り、誠意をこめて対応させていただいております。」と説明した。 そのお客様は最終的にはブロマイドをご購入いただき、とても喜んでいただけた。 誰もが見知らぬ人に親切にすることは苦手である。でも、駅で車椅子人がいれば、駅員さんと一緒に階段を登り、手首を振りながら何も言わずに立ち去る人たちも沢山いるのだ。 世の中はすてたものではないと僕は思いたい。だから、信じてください。 僕と手紙を読んだ親切な女性は三宮という駅で降りる。女の子はまだ座っていた。 三宮から、何人かが乗リ込む。今度は若いサラリーマン風の男性が女の子の隣に座る。ドアが閉まる瞬間・・・女の子がポケットから手紙を出すのが見えた。 今週は『パコと魔法の絵本』。 実はこの話、お芝居で観たことがある。(と、いってもTV中継だが。)お芝居での題名は『MIDSUMMER CAROL ガマ王子vsザリガニ魔人』。題名を聞いた時はなんじゃこりゃ?と思った。ガマとザリガニ?怪獣ものか?脚本が後藤ひろひと。彼が座長の劇団「遊気舎」を観に行ったが、かなり下品だった記憶がある。(お客を舞台に出し、その人の名前にチンコを付けたあだ名を観客全員に呼ばせていた。) でもこの作品は、題名からは想像できないくらいに良い作品だった。 心に染み渡る素晴らしい内容だった。 お芝居では伊藤英明、長谷川京子が出ていたはずだ。 ある病院の中での物語。そこには、消防車に引かれた消防士、ジュディ・オングが好きなオカマ、銃に撃たれた顔中傷だらけのヤクザ、名子役だったが、大人になっても子役のクセが抜けない自殺願望の青年、ピーターパンになりたい医者、イレズミの看護婦、なんだかわからない人・・・。 その中に偏屈じじい大貫もいる。「お前が私の名前を知っているだけでも腹が立つ!」と周りの人に毒づく。やりたい放題で、庭の花なんか平気で抜いてしまう。誰からも嫌われ、近づく人などいない。 そんな大貫のところにパコという女の子が現れる。彼女は毎日絵本を読んでいる。何度も何度も、次の日も、次の日も、同じ本を。 パコは交通事故で一日しか記憶が保てない。次の日には昨日の出来事を忘れてしまう。 最初はうっとうしがっていた大貫が、パコを殴ってしまう事件から、打ち解けあい、パコの記憶に残りたい一身で、病院中を巻き込んでパコの絵本をお芝居にしようとする。お芝居は「ガマ王子対ザリガニ魔人」。 後半はもう号泣ものです。セリフがお芝居っぽいところは若干気になりますが、逆にお芝居出身の上川隆也、阿部サダヲ、國村隼、山内圭哉(この人はお芝居でも同じ役だった。)などは自分のテリトリーのように演じられたかも知れない。他の妻夫木聡、加瀬亮、土屋アンナ、小池栄子、劇団ひとりも異色であるが、しっくりくるキャストなので、安心して観ることが出来る。 もちろん大貫の役所広司も素晴らしい!よくこの役を引き受けたなと思うほど、カエルの格好がかっこ良い。 パコ役のアヤカ・ウィルソンちゃんも、とにかくかわいい!この子が「ゲロゲーロ」と本を読み出すと自然と笑みがこぼれてしまいます。 監督は中島哲也。『下妻物語』、『嫌われ松子の一生』とは少し違うが、良くぞ俳優達にあのようなメイクをしたと褒めてあげたい。 観終わったあと、心が優しくなれる作品でした。オススメです。 以上、店長でした。
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